大阪地方裁判所 昭和28年(行)99号 判決
原告 永福政雄 外一九名
被告 堺市選挙管理委員会委員長
一、主 文
堺市選挙管理委員会が、同委員会の昭和二十八年に調製した基本選挙人名簿につき、原告等の登録をもとめる異議の申立に対し、その申立を正当でないとして却下した決定は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、主文同旨の判決をもとめ、その請求の原因として、つぎの通り述べた。
「原告等は浪速大学の学生であつて、昭和二十八年四月以前から肩書地の同大学至誠寮内に居住して通常の学生生活を送つており、原告久保田、中島、栗坂の三名を除く他の原告等は堺市選挙管理委員会が昭和二十七年に調製した基本選挙人名簿に登録されていたし、昭和二十七年七月に行われた住民登録において右肩書地を住所として登録を申請し、その登録を受けた。ただそのうち、原告永福については同年七月二十二日大阪市大正区恩加島町二丁目八番地に転出した旨、また原告岩田については同月十四日父母の住所たる宇治山田市浦田町に転出した旨、それぞれ届出のなされていることを本件の異議申立に際して発見したが、右は何人かが本人の全く知らない間にしたもので、事実に反する。そして、主食の配給も、竹中を除く他の原告等はすべて肩書地で受けており、原告竹中だけは郷里の保有米から支給を受けている。
従つて原告等は、昭和二十八年九月十五日現在において引続き三カ月以来堺市に住所を有する者で、堺市選挙管理委員会は、同委員会が同年調製した基本選挙人名簿に原告等を登録すべきであつたのに、その登録をしなかつたので、原告等は同年十一月十九日同委員会に異議の申立をし、右基本選挙人名簿を修正して原告等を登録することをもとめたが、同委員会は同年十二月九日付決定書で、原告等の異議申立を理由がないと決定し、その決定書は同月十日原告等に送達された。よつて、その決定の取消をもとめるため本訴におよんだ。」
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決をもとめ、答弁としてつぎの通り述べた。
「原告等の主張する事実関係はすべてみとめる。
しかし、原告等はいずれも独立の生計を営まず、学資の全部または大半を郷里から仕送りを受け、浪速大学至誠寮に修学のため居住する学生で、その他に特別の事情もなく、通常の学生生活を送つているものであり、その実家の所在地はそれぞれつぎの通りである。
(一) 永福政雄 広島県豊田郡忠海町
(二) 菅田瑞穂 米子市
(三) 井上博夫 兵庫県氷上郡黒井町
(四) 伊藤義光 福岡県嘉穂碓井町
(五) 古津宏幸 松江市
(六) 久保田信喜 徳島市
(七) 村上秀雄 竜野市
(八) 寺田厚生 京都府中郡峰山町
(九) 中西昭雄 東京都中野区
(一〇) 波多野亨 兵庫県多紀郡味間村
(一一) 増田博昭 敦賀市
(一二) 樋口俊一郎 香川郡上笠居村
(一三) 小林弘幸 徳島市
(一四) 川久保逸雄 高知市
(一五) 中島俊郎 徳島県海部郡宍喰町
(一六) 岩田利男 宇治山田市
(一七) 栗坂道良 岡山県都窪郡吉備町
(一八) 竹中輝夫 和歌山県西牟婁郡朝来村
(一九) 中元久治 香川県小豆郡内海町
(二〇) 笠行孝恒 岡山県井原市
従つて原告等の住所は右実家の所在地にあるとみるべきで、修学のため居住する浪速大学至誠寮にあるというべきではない。
堺市選挙管理委員会は、地方自治庁昭和二十八年六月十八日付自丙選発第一三九号自治庁選挙部長名通牒に「修学のため寮、寄宿舎等に居住している学生生徒の住所の認定について」の基準として
一、寮、寄宿舎または下宿等に居住している学生生徒で、その学資の大半を郷里から仕送りを受け、休暇等に帰省する者の住所は、郷里にあるものと認められる。
二、寮、寄宿舎または下宿等に居住している学生生徒で、その居住地において主として自己の収入によつて生計を維持している者の住所は、他に生活の本拠があると認められる事情のない限り、寮、寄宿舎又は下宿等にあるものと認められる。
とあるのに従い、上記の通り認定して、昭和二十八年調製の基本選挙人名簿に原告等を登録しなかつたのであり、原告等はそれぞれ上記実家所在地の選挙管理委員会が調製した基本選挙人名簿に現に登録されている。
堺市選挙管理委員会の右の処置は相当で違法の点はなく、これに対する原告等の異議申立を却下した同委員会の決定にも、従つて、何等の違法がない。」
なお、原告および被告双方は、公職選挙法にいう住所の概念およびこれについての前記自治庁の通牒に関して、それぞれ別紙の通りの見解をのべた(証拠省略)。
三、理 由
原告が請求の原因として主張する事実関係については当事者間に争がなく、また、原告等の居住する堺市大野芝町二三番地浪速大学至誠寮が公職選挙法第二〇条にいう原告等の住所であれば、原告等はすべて堺市選挙管理委員会が昭和二十八年調製した基本選挙人名簿に登録さるべき選挙資格を有するものであることは当事者間に少しも争のないところであるから、本件における主要な争点は、原告等主張の通りの事実関係において、公職選挙法第二〇条にいう原告等の住所が右浪速大学至誠寮にあるとみるべきであるかどうかにあるわけである。
公職選挙法は「衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議会の議員および長ならびに教育委員会の委員を公選する選挙制度を確立」することを目的とするもので(第一条)、その第二〇条によつて調製される選挙人名簿は、衆議院議員および参議院議員の選挙(国会議員の選挙)にも、また、地方公共団体の議会の議員および長ならびに教育委員会の委員の選挙(地方選挙)にも、共通して用いるものである。これに登録されるための要件として右第二〇条の定める住所の要件は、国会議員の選挙についてはその選挙権の要件にはなつていないので、もつぱら選挙権行使の場所を特定する機能を営むものであるのに対して、地方選挙については、同法第九条が住所を選挙権の要件として規定しているのを受けてできている関係から、ここでの住所の概念も選挙権の要件としての意味をもつことになるわけである。しかし、とにかく、公職選挙法第二〇条の住所の概念は、そうした意味ないし機能にそつて定まるもので、住所として民法第二一条にいう「生活の本拠」も、ここでは右にみた選挙権行使の場所たるべき生活の本拠、そしてまた同時に、選挙権の要件たるべき生活の本拠として、合理的な場所が定まらねばならないし、またそれをもつて足る。
これを国会議員の選挙について考えれば、もともとその選挙権者は住所にかかわらず選挙権をもつているので、一応どこでその選挙権を行使することになつても、行使すること自体は差支ない。従つてその行使の場所を特定するについては、選挙権者に必ず行使の場所を与えることを期するとともに、選挙権者が候補者の選択について判断の資料をもつとも豊富に得られる場所で、しかも、投票をするのにもつとも容易な場所をえらび選挙権の適正有効な行使を期するということが眼目になり、そういう視点から選挙権者の住所が適当な場所としてえらばれているわけであるから、そこでの住所はそういう要求にこたえているものとして定まらねばならない。
ところで、地方選挙についてはいささか趣を異にする。その選挙は当該地方公共団体の構成員たる「住民」によつて行われなければならない。公職選挙法第九条は「日本国民たる年齢満二十年以上の者で、三カ月以来市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員および長ならびにその教育委員会の委員の選挙権を有する」と規定しているが、すでに地方自治法第一八条第二〇条にまつたく同趣旨の規定があり、その規定はさらに憲法第九三条第二項の「地方公共団体の長、その議会の議員および法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙する」との規定につらなる地方自治法第一一条の「日本国民たる普通公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通公共団体の選挙に参与する権利を有する」との規定を受けているわけであり、住民については同法第一〇条が「市町村の区域内に住所を有する者は当該市町村およびこれを包括する都道府県の住民とする」と規定している。この系列からみても選挙権者として選挙人名簿に登録される者は何よりもまず、当該地方公共団体の自治の担い手である住民でなければならないことが明らかである。従つてその登録の要件たる住所は、住民の要件たる住所と一致しなければならない。
そこで、公職選挙法第二〇条の住所の概念を明らかにすることは、この意味では住民の要件としての住所の概念を明らかにすることに帰着する。
地方自治法第一〇条によつて、地方公共団体の構成員たる住民であるかどうかが一にその区域内に住所を有するかどうかによつて定まるとなると、その住所の概念は、地方公共団体を住民との関係でどのように構想するかにかかつてくるわけである。これは上記憲法第九三条第二項の「地方公共団体の住民」の概念の問題であるわけであり、住民となれば、地方自治法によつて、その地方公共団体に参与する権利、条例制定改廃の請求権、事務監査の請求権、議会解散の請求権、議会の議員および長その他の主要職員解職の請求権をももつことになり、そういうものとしての住民の概念を定めることになるわけであるから、国会議員の選挙権行使の場所を定める場合にくらべて、いささか問題は複雑でまた微妙なものを含むといわなければならない。
ところで、現在、人口はますます都市に集中するとともに、その出入もはげしく、各地について人口の交流ははげしく間断なく行われて、その波は農山漁村にも多かれ少なかれ及んでいる。そして人人にとつて、度重なる住居の移転も別に異常なこととはなつていないし、現在の社会機構、経済機構からいつても右の状態はむしろ必然的なもので異常な状態ではない。そういう機構の上に立つた憲法以下の国家法の上で、国民はいずれかの地方公共団体の住民たることが予定されているのであり、従つて地方公共団体の構成員たる要件を考えるについても、もはや、父祖の血につながつたような土着的な住民を中心にした、閉鎖的な排他的な観念をもつて律する余地はほとんどない。職業としても、賃金労働者俸給生活者が圧倒的に多くなつて、多くの人が生涯つぎつぎに勤務地を追つて住居を移し、従つて一つの土地に自分でも長く住むとは考えず、時によつては勤務上、一年とか二年とか居住の期間がきまつている場合も少くない。そういう人も、その土地その土地の地方公共団体で住民として受入れられなければならない。住民の概念における土着的性格はますます稀薄になつているものというべきである。これを学生についていうと、一旦修学のために父母のもとをはなれた学生は、卒業後も俸給生活者となる場合が多いので、その勤務地の関係で、ふたたび父母のもとにかえつて共に生活する可能性は比較的少いと考えられる。そうすると、就職して勤務上父母のもとをはなれるのと同様な関係が、すでに学生の段階ではじまつているのであつて、上にのべた勤務による住居の移転にくらべて大した相違があるとも思われない。
なお、地方公共団体は、直接に個人を構成員、住民としてとらえていて、家族団体を一旦構成の単位としてとらえ、その結果その家族団体の一員が構成員、住民となるという関係にはない。個人個人が独立して住民であつて、住民であるかないかは個人個人についてきまり、家族関係について統一的にきまるものではないとともに、父母とか夫とか家族団体の主宰者の事情などによつてきまるものでもない。このように考えるべきであることは、憲法の建前からいつても極めて明らかで、ここに多くをいう必要のないところであろう。
以上、公職選挙法第二〇条の住所の概念について、国会議員の選挙に関する面と地方選挙に関する面との二つの面から考えてみたのであるが、住所の概念に対してその二つの面からくる要求が、たがいに相制約しながら一個の概念の中に歩みより統一されなければならない関係になつているわけである。そういう関連の中において、結論を出すとなると、一般的には、事実上居住して、その人の日常生活がある程度の継続性をもつて通常営まれている場所を右にいわゆる住所と認めるのが相当であつて、同所は外部からの認識も容易であるしそこで選挙権を行使するのも便利であり、また上来みて来たところから考え地方公共団体の住民の要件としての住所と認めてさしつかえないものと考える。
そこで、これを本件に即していうと、父母のもとをはなれて寄宿舎などに住んで学生生活を送つている者は、一般的には、その現に住んでいる寄宿舎等に住所があるということに落つく。
学生の住所として父母の住所を考える向は、その典型的な例として、父母が田舎で父祖伝来の家に住み、そこからひとりはなれて都会地の学校に入つているというような学生を念頭に浮かばせて、その学生がその郷里に懐いている愛着関心の深さを、現に住んでいる都会地に対する関心の比較的冷淡なのと対照し、本人の主観的な土地との結合感を問題にするのでもあろう。そういう考えも必ずしも理解できないことではないが、反対に、都会の勤務地を転々とする俸給生活者を父にもつ学生も少くはないし、市町村などの地方公共団体もそういう種類の土地的愛着を住民に要求しきれなくなつていることから考え、また、そういう愛着を要求することによつて、かえつてどこの住民でもなくなる人が出たり、選挙権の行使が妨げられたりする結果になることなどを考えれば、住民の要件としての住所を考える上において、そのような関係は重視すべきではないと思われる。いわんや父母から学資の仕送りを受けているかどうかを学生の住所を定める標準とすることは意味がない。学生の住所は一般に父母の住所にあるというのはともかく、学資の出所によつてその間に区別をつける意味は見出し難い。それがもし人の経済的従属関係なり、それと関係させて家庭における家族的従属関係なりを考えているとすれば、選挙権者を政治的に独立した人格としてとらえている法の立場と相いれないところといわねばならない。
右の次第で、被告のあげる自治庁の通牒に示された学生の住所認定の基準は公職選挙法第二〇条については、正当と考えることができない。原告等の住所は特別な否定的要素もみとめられない本件にあつては、その居住する前記浪速大学至誠寮にあるものとしなければならない。そうすると、堺市選挙管理委員会が右の通牒に従い右と反対の認定をし、昭和二十八年九月十五日現在により調製した基本選挙人名簿に、その日まで引き続き三カ月以来堺市の区域内に住所を有すると認められる原告等を登録しなかつたのは違法であり、これに対しその登録をもとめた原告等の異議の申立を正当でないとして却下した同委員会の決定は違法である。
なお、堺市選挙管理委員会の右の処置は、同委員会を指揮監督する権限のある大阪府選挙管理委員会の指示にもとずいたものであるから違法ではないという主張が被告にあるが、指揮監督の権限のある上級機関の指揮に従つたということで、それ自体違法な処分が違法でなくなるものでないことは多くをいう必要がないところである。
よつて原告等の上記異議の申立を却下した堺市選挙管理委員会の決定を取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)
(別紙) 原告の見解
一、公職選挙法にいわゆる「住所」について
(一) 一定の場合に居所をもつて住所とみなす規定民法第二二条同第二三条にいわゆる居所の中には「現住地」も含まれていると解するのが通説であり、刑事訴訟法第二条にいわゆる「現住地」は公訴提起のときにおいて被告人が任意に現在する場所を意味している。また本籍の所在は住所とは無関係である。又「住民登録調査員必携」と称する文書には「住所は主たる消費地である」旨記載されている。
それに、「生活の本拠たる客観的事実」の外に本人がその場所を「生活の本拠とする意思」を有さねば住所とはいわれないとする判例の態度もあり、また、人の生活は必ずしも一個所だけを中心として行われることなく、一般生活が甲地を中心として形成されると同時に、特殊の生活関係のみが乙地を中心として形成されることは、しばしばあることであつて、住所は必ずしも一個所のみに限らないとの説もある。
特に選挙法上のいわゆる住所については「この場合の住所を私法上の住所と同一に解すべきや否やは甚だ疑問である。従来は二者を同一に解する考えが一般に行われているけれども、選挙法等の関係においては住所が形式的に定まつている必要が私法におけるよりも遙かに大きいのであるから、ここでは寄留地即ち住所なりと解するを正当とする」と昭和十年六月三十日発行・岩波書店「法律学辞典」の「住所」の項で、末弘厳太郎博士が解説している。
これは旧憲法下における学説であるが、主権在民となり議会制度が民主主義の基本的原理と制度である選挙権が犯すべからざる国民の基本的人権として確認されてはなおさらのことである。
(二) 「修学のため寮、寄宿舎または下宿などに居住している学生生徒の住所は原則としてその寮、寄宿舎または下宿などの所在地にあるものとする」というのが、終戦直後の選挙法改正以来今日まで一貫してとられてきた方針解釈であつたのである。その上昭和二十七年七月に施行された住民登録の際にも学生生徒は寮、寄宿舎、下宿をその住所として登録したのであり、その後住所に変更があつたときには、その都度届出をさせることにされたのである。(昭和二十六年三月十七日衆議院法務委員会における住民登録法提案理由によれば「………以上に申述べました理由によりまして、この法案におきましては現行の寄留制度と世帯台帳の制度のおのおのの長を採り短を捨て住民登録の制度としてこれを統合し、市町村の住民を登録することによつて住民の利便をはかるとともに市町村の行政事務の適正簡易な処理に資しようとするものであり云々」また昭和二十六年三月三十一日衆議院本会議法務委員長報告によれば「住民登録制度と戸籍制度とを統合しては如何という点であります。これに対する政府の所見は、住民登録制度は市町村内に住所を有する者の居住関係を登録するいわば属地主義的制度であるに反し、戸籍制度は住所に関係なく市町村に本籍を有する者の身分関係を登録するいわば属人主義的な制度であつて、おのおのその目的を異にしているがため云々」とある。)
(三) なお、敗戦後今日まで数多く選挙法の改正が行われたのであるが、その際にも前記の通り右の解釈運用が当然のこととして問題にならなかつたのである。昭和二十五年の選挙法改正の際に、長期療養者の住所について、その補則で「病院に入院加療中の者は病院に住所があると推定してはならない」と規定されたが、この場合にも学生の住所については何等補足して明確にすべき必要はなかつたので触れられていないのである。
二、自治庁通牒について
(一) そもそも自治庁は本質的には選挙管理委員会の上部機関ではない。選挙管理委員会は本来独立してその権限を行うべきものである。一官庁の主観的法意識やその時に当つての場当り的恣意的な意図によつて従来の解釈運用およびその上に成立した慣習法を一挙に覆すごとき自治庁の一部長の通牒のごときは不法越権無効のものであり、何等法的拘束力をもつたものではない。それがその下級機関をも適法に拘束し得ないのは勿論のこと、ましてや選挙管理委員会を拘束し得るものではない。
(二) かかる不法不当な通牒とそれに盲従する選挙管理委員会は民主憲法を否定するいわゆる逆コースであり、基本的人権としての選挙権をなし崩し的に奪おうとする憲法破壊の不法行為である。
このことは選挙権の確立を歴史的に一べつしただけでも明確である。実際旧憲法時代における「普通選挙」が施行されてからも、地方議会の選挙には選挙権を制限する諸条件が多く残されていた(例へば、旧市町村制第九条には改正前に「二年以来その市町村税を引続き納税すること」および「独立の生計を営むこと」を条件にしたし、改正後にもなお「貧困にして公私の扶助をうける者」「一定の住居を有せざる者」は欠格者であつた)のであり、それが公職選挙法に改正統一されたのである。しかるに主権在民の日本国憲法時代になつて「生活の資の送金をうける者」などと特に差別し勝手にその者の住所は送金者の居る場所を住所と認定し、事実上選挙権の行使を妨害し、その反面いわゆるアルバイトしている学生にその例外的取扱をすることは国民主権と選挙権を否定し制限選挙時代への逆行を企てるものである。
(三) 成年者としての学生は、一面においては学業のために学校において勉学する学生であると同時に一個の独立した社会人、国民である。すなわち大学設置基準によれば、一カ年三十週の講義と一カ月間の試験期間を学校を中心とした勉学のための生活を過さねばならないが、これと同時に他面、社会人、国民としての生活をしなければならないのであり、原告等はその肩書地における学寮においてその生活をしているものなのである。時間的にも内容的にも、少くとも学生としてはそこが生活の本拠ですらあるのである。父母の住所郷里はいわば一時的な休息の場所でしかない。さらに、選挙制度からみるならば、遠く郷里を出ている学生の選挙権は郷里よりも右学生の居住地に有するものとすべき理由が強くなる。
選挙権の確定、棄権防止、選挙事情の熟知、そして自己の判断において自己の意志を委託できる投票、そして選挙権行使への積極性も出てくるのである。さればこそ、今日まで学生の選挙権すなわち住所は寮寄宿舎または下宿などの所在地にあるものと選挙法上されてきたのである。
被告の見解
一、公職選挙法第五条第二項によれば、自治庁長官は参議院議員全国選出議員の選挙以外の選挙に関する事務について都道府県の選挙管理委員会を指揮監督すると規定し、地方自治法第百八十六条第二項は、都道府県の選挙管理委員会は市町村選挙管理委員会を指揮監督すると規定しているので、自治庁長官が都道府県選挙管理委員会に対して通牒を発して一定の事項を指示し、都道府県選挙管理委員会が該通牒に基いて更に市町村選挙管理委員会に対して指示を与へた場合は、市町村選挙管理委員会としては、当然この指示に従わなければならぬのである。従つて自治庁が修学のため寮寄宿舎下宿等に居住している学生生徒の住所の認定について都道府県選挙管理委員会に対して「学資の大半を郷里から仕送りを受けている場合には、その学生生徒の住所は郷里にあるものと認め、居住地において主として自己の収入によつて生計を維持している学生生徒の住所は他に生活の本拠があると認められる事情のない限り寮寄宿舎または下宿等にあるものと認める」旨の基準を示し、この基準により右住所を認定するよう指示し、都道府県選挙管理委員会が更に市町村選挙管理委員会に対して右同様の指令を発した場合は、結局市町村選挙管理委員会としては、右指令に従わざるを得ないのである。従つて、今回堺市選挙管理委員会の採つた処置は当然の処置といわなければならない。
二、そして、昭和二十八年六月十八日付自丙選発第一三九号自治庁選挙部長名通牒は学生生徒が選挙権を行使するに当つて特に一般人より不利益な取扱いを受け選挙権の行使を不能ならしめるようなことは絶対になく、むしろ寮寄宿舎下宿等に居住する学生生徒が一般人より特別に便宜な取扱いを受けていたのを一般有権者なみの取扱いをしたにすぎないのである。特に学生のみを優遇することは、かえつて憲法第十四条に違反するものである。
三、選挙権の要件である住所は、民法第二十一条の「各人の生活の本拠」をいうことは、一般の定説である。そして住所がどこにあるかは単に国会議員の選挙権行使の基礎になるだけなら国内の何処で行使させてもいいともいえるから、現住地にあるとした方があるいは便宜かも知れないが、問題はしかし単純ではない。住所の所在如何が、市町村長、市町村会議員の選挙、リコールの投票権、市町村税の賦課、裁判所の管轄等種々の法律関係を定める基礎となるので、具体的に各人の生活の実体を総合的に見て、何処に「生活の本拠」があるか統一的に判定しなければならない。従つて公務員の住所は単身赴任し他家に寄寓し、しばしば帰省するような場合には家族の住所地にあるとする判例(大七行政)一時的な留守や出稼や転地は全家族が共にする場合でも住所の移転ではないとする学説(美濃部博士)学生が学校の所在地に下宿し、囚人が刑務所に生活していても、その下宿や刑務所は住所ではないとする学説(中大吉田教授)判例(大七行裁、大一三大審院判例、昭和二三東京高裁判決)等によつて明らかなように、住所は各人の全生活を客観的に見て判断しなければならないのである。学生が勉学のために下宿や寄宿舎にいるのは、単純なる寄寓であるにとどまり、家族との総合的な法律関係からすれば、むしろ家族のいる所にその住所があるとみる方が条理にも論理にも適しているというべきであろう。そしてこの見解は多くの学説判例によつても示されているのである。このように学生の住所は郷里にあると認定するのは誰も怪しまない一般の通念であつたが昭和二十一年から原則としてその寮寄宿舎下宿等の所在地にあると認定することになつたのである。
しかし、これは終戦後、選挙権の年齢が引下げられ、一躍千数百万人の有権者が増加した上に、当時の交通通信住宅等の事情では正確に住所を判定することが至難であつたので、現在地主義による便宜の措置がとられたのである。なお、その際同時に病院等に居る長期療養者の住所も従来家族等の住所にあるとしていたのを変更してその病院等にあると便宜的に推定することにされたのである。ところが公職選挙法制定の際にそのような推定をしてはならない旨の規定(公職選挙法第二七〇条)が設けられたのである。今回の自治庁の通牒は学生の住所の認定を長期療養者並に復しようとするものであつて公職選挙法制定の際同時に是正されて然るべきであつたともいえるのである。ことに両親が、青森県に居り自分は仙台市の寮にいた学生の住所について県の選挙管理委員会は従来の取扱いに従い、その住所は仙台市にあつて選挙権はその町にないとしたが、仙台高裁は休暇毎に両親のもとに帰省し、独立して生計を営んでいるとは認められない者の住所は両親のもとにあると判決したのである。(仙台高裁昭和二六年(ナ)第二三 二四号同二七年一二月二六日判決・仙台高裁昭和二六年(ナ)第二一号同二七年六月一三日判決)そこで県の選挙管理委員会では従来の通牒通りにすれば今後訴訟に敗ける心配があり困惑することとなつたので、自治庁においては、右判決に従つてその方針を明確にしたものである。
なお、住民登録による学生の住所の取扱いについても、法務省から同じ見解の通牒が発せられているのである(乙第二六号証参照)。
四、公職選挙法上の住所は、ある人にとつて政治的地縁関係が最も直接的な土地で、しかも選挙権の行使が最も適正に行わるべき所でなければならないという人もあるが、かかる説は住所複数説を前提としてはじめて認められるものであつて、この考え方は立法論あるいは学説としてはとにかく、実定法の解釈としては成りたたないものと思う。現行公職選挙法においては、住所は一人につき一カ所に限定さるべきものであり(最高裁昭和二三年一二月一八日判例、公職選挙実例判例集三四頁参照)しかも、選挙権のある場所と選挙権行使に便利な場所とは区別して考えなければならないのである。従つて修学のため寮寄宿舎下宿等に居住する学生生徒の生活関係、家族との生活関係等を総合的に考察するときは、学生生徒の住所は原則としてその実家にあると見るのが現行法の解釈としては妥当である。
五、また選挙の際わざわざ汽車賃を出して帰省しなければ投票できないわけではなく、選挙の期日の公示の日から投票日の前日まで郵便で投票用紙を請求して下宿等のある市町村の選挙管理委員会で不在投票ができるから、今回の自治庁通牒通りに処置したからといつて、決して学生の選挙権を剥奪する結果にはならない。
以上